今から20年ほど前にこの世を去ったブレア・アダムスの死は、あまりにも多くの謎に包まれていて未解決事件のまま今日に至り、今後も解決する見込みはない。
真面目に働いていた男性はある日突然何かに怯え始め、そして導かれるように謎の死へ突き進んでいった…
大量の紙幣が散乱する遺体発見現場
1996年7月11日…
アメリカ合衆国テネシー州の工業都市ノックスビルの駐車場で、早朝7時半頃に若い男性の遺体が発見されたのだが、それが自然死なのかを疑う必要はなかった。
誰の目から見ても明らかなほど、遺体発見現場は異様な有様だったからだ。
男性はズボンを脱いだ状態で、体中に暴行を受けた形跡があり、遺体の周りにはドイツ、カナダ、アメリカの紙幣が大量に散らばっていた。
現場には財布も残されていて、中のIDからカナダのブリティッシュコロンビア州に住む31歳のブレア・アダムスだと特定。
後に、捜査を担当した地元の保安官ジム・ジョーンズは、こんなコメントを残している。
「この事件は、あらゆる側面で謎に包まれている。その謎を全て解き明かすのは難しい」
謎の多い事件だが、被害者ブレア・アダムスは死の直前に度重なる奇行を繰り返していたことが、捜査で明らかとなる。
見えない何かに怯える被害者
生前のブレアは、隣国カナダのブリティッシュコロンビア州で建設会社の監督として働いていた。
会社の関係者は「真面目に働くブレアに仕事上の不満があったようには思えなかった」と供述。しかし母親によれば、事件が発生する直前頃からブレアの態度に変化が見え始めたと言う。
「息子は何か問題を抱えていたのだと思います…睡眠時間が減って、いつも悩んでいるようでした。何度か理由を尋ねたんですが口ごもって教えてはくれませんでした。今でも、当時の息子に何があったのか分かりません」
日を追うごとに様子がおかしくなっていったブレアは、ここから謎の死へ突き進んでいく。
1996年7月5日土曜日
ブレアは銀行の預金を全て引き出し、貸し金庫に入れていた宝石、金、プラチナなどを回収。
日曜日
ブレアは車で国境を超えてアメリカへの入国を試みる。
しかし、未婚の30代の男性が車中に大金と貴金属を所持していたため、ドラッグディーラーの疑いをかけられ入国は拒否されてしまう。
月曜日
ブレアは職場に姿を現すと上司に辞職を願い出て、その場で退職金を小切手で受け取った。
その日の午後、ブレアはドイツのフランクフルト行き往復航空券を1600ドルで購入。
フライトは翌日の予定だったが、再びブレアはアメリカに向かおうとする。
突然、知人の家に現れたブレアはパニック状態で「命が狙われている」と訴え、国境を超えてアメリカへ連れて行ってほしいと頼み込んだ。
しかし友人は支離滅裂なブレアの頼みを断る。
火曜日
ブレアはドイツ行きの航空券を購入したにも関わらず、再びレンタカーを借りてアメリカへの国境へ向かった。
この時は国境を無事に通過し、そのままワシントン州シアトルへ到着。ワシントンDC行きの片道航空券を770ドルで購入。
ジョーンズ保安官によれば「この時、ワシントンDCとの往復チケットは400ドルほどで購入することが出来たんです。しかし、彼は片道切符を770ドルで購入している。なぜ彼は倍近い値段で片道切符を買ったのか?」と、ブレアの行動に疑問を呈している。
水曜日
早朝にワシントンDCへ到着したブレアは、約500マイル(約800km)ほど離れたノックスビルへ向かった。
そして、その日の午後5時30分頃、ノックスビルのガソリンスタンドに立ち寄っている。
ブレアは店員に「車のエンジンがかからない」と訴えたが、既にブレアが車を借りたレンタカー会社は終業していたので、彼は翌日まで近くのホテルへ宿泊することになった。
「彼は何か妄想に取り憑かれているようでした。そして、とてもナーバスで、誰かがやって来るのを待ち望んでいるように見えました」
ブレアがチェックインしたホテルの従業員ティカ・ハースフィールドは、彼の奇行を鮮明に記憶していた。
その証言を裏付けるように防犯カメラには、落ち着きなくホテルのロビーを行ったり来たりするブレアの様子が残っている。
午後7時37分にブレアはホテルのフロントドアから出ていくと、二度と戻っては来なかった…
木曜日
ホテルを出てから12時間後、ブレアは800mほど離れた駐車場で遺体となって発見された。
検死の結果、ブレアの身体にできていた切り傷などは何者かの攻撃を防いだ時に出来たもので、頭部にはゴルフクラブで殴られたような傷跡、そして直接的な死因は激しい殴打による胃の破裂だった。
現場からは犯人の特定につながる有力な証拠は見つからず、ホテルを出てからの足取りもはっきりしないため捜査は早々に行き詰まった。
一体、ブレアは何から逃げていたのか?それは彼の妄想に過ぎなかったのか?
いずれにせよ彼が恐れていた自分の死は現実となり、事件の真相が明らかになる見込みは絶望的だ…